去る6月9日(土)に第1回omni-cafeを実施しました!
Omnibusとして初めての活動です!!
Omnibusメンバーは皆、日中普通に仕事をしており、忙しい中での準備だったため、
1ヶ月前くらいからほとんど打ち合わせなしで当日を迎えました。
十分な広報活動もできていなかったこともあり、事前の申込者は、なんと5名・・・。
初めての開催でこれだけの申込者があった!ということを喜ぶべきなのでしょうが、
正直やっぱりちょっと寂しい…と思っていました。
しかし、当日ふたを開けてみると、申込者以外に3名の参加がありました!つまり計8名!
ありがとうございます!
結局、今回の対話の会は、スタッフも含め13名でおこないました。
初回から、十分な人数です!!
参加者は、一般の人、片麻痺のある人、高次脳機能障害のある人、一時障がいのある状態を経験した人、介護経験のある人、介護福祉士、福祉用具専門店の人、理学療法士、作業療法士。年齢は20代〜60代までの多様な方々が集まってくださいました。これもとてもうれしいことです。
最初の自己紹介から、テーマに関連するようなこれまでの経験を熱く語ってくださいました。
これだけでも非常に考えさせられることをお聞きできました。
少しだけ「脳卒中とは?」というお話をしたあとに、場の緊張感を溶かすためにアイスブレイク。
今回のオープニングクエスチョンは
「脳卒中になっても自分らしく生きられる?!」
「脳卒中になっても自分らしく生きられる?!」
参加者のほぼ全員が条件付きで「自分らしく生きられる!」という回答。
その理由もお聞きしました。
そこから、今ここにいるいろいろな経験をしてきた参加者と一緒に話し合いたいテーマは何ですか?と
参加者みなでお題を決めていきました。
皆で決めた話し合いたいお題は・・・
「社会的理解を得るために」と「自分らしく生きるために自分ができること」
今回は、1つのお題だけご紹介します。
「社会的理解を得るために」
このテーマが選ばれた背景は、参加者の多くの人が、
「自分らしく生きようと自分では思っていても、社会の中はバリアがたくさんある」と感じていたため。
まず話に上がったのは、就労に関わること。障がいがあると、偏見等からなかなか他の社員に理解が得られず、働きにくさを感じていました。
スウェーデンでは入院中に担当していたセラピスト等の専門職が、その人の職場に出向き、職場の人を「トレーニング」していくとのこと。職場の人も、その人とどう関わっていいか困惑しているために、支援が必要だということです。
一方日本では、ジョブコーチ等あるものの、その制度が十分に整っていないために、配偶者などの家族がその調整をしていかないとならないのが現状です。
そこから、
海外(スウェーデンやハワイ、タイ)と日本の障がいのある人に対する社会の対応が全く違うという話題に。
日本では、制度ばかりが先行し、障がいのある人は「何もできない人」とひとくくりにしてしまい、どうしたらその人の持っている本来の能力を発揮できるのか、という戦略が全くない。
障害があっても、強い意志を持って声を出していくことが必要、という声も。
そうやって切り抜けて来たという経験談もありました。
しかし、それができない人はどうなるのか?
一時、車椅子や杖を使う生活を経験したという人は、「日本人は目が怖い」と話していたのが印象的でした。
駅のエレベーター使おうとして、中が人でいっぱいになっても誰1人譲ってくれる人がいなかった。障害者優先と書いてあるにも関わらず。それどころか、迷惑そうな視線を向けて来る人もいた。
電車の優先席に行っても、数ヶ月の期間で譲ってもらえたのは3回くらいしかなかった。
そういう視線を浴びていることで、精神的にも苦しくなり、閉じこもりたくなったと。
その目は「排除」を意味しているように思えました。
一方、ある参加者は、
散歩中によく見かけていた人が、しばらく見かけないと思っていたら、ある日突然片麻痺になっていた。
その人と目が合ったのに、なんて声をかけていいかわからず、思わず目をそらしてしまった、という人もいました。
一時車椅子生活の経験をした人は、海外の人は、私がお店に入って来ても、何も躊躇せずに手伝ってくれた、と話していました。
日本人は、なぜこのような障がいのある人とない人が上手にコミュニケーションが取れないのでしょう。
そもそも、どうしても二項対立になってしまうのはなぜなのでしょうか、という話題に。
日本人は、同じような人としか集まりたがらない。そういう集まりばかりがある。
価値観や好みが違えば、一緒には集まらない。ちょっと違う人がいると排除する。
多様な人たちが集まる場が、最近は出て来たが、特別な場でないとない。
普段の生活の中に、そのような場所はないのか?あったとしても、そこでは交流はない。
経験がないのだから、どう接していいのか、わからないで当然だ。
日本は、意志の強い発言力のある障がい者じゃないと、生きづらい社会だということは良く理解できました。
その社会をどう変えていくかは、今後の課題です。
日本は、意志の強い発言力のある障がい者じゃないと、生きづらい社会だということは良く理解できました。
その社会をどう変えていくかは、今後の課題です。
。。。。。話はつきませんでした。ここで一つ目のお題は終了。
1つ目のテーマから熱い議論が続き、初心者ファシリテーターのせいもあり、
なかなか終着点が見えず、かなり時間延長…。
しかし、次回のテーマ設定にも使えそうな疑問がたくさん出てきました。
次にもう一つのお題を話し合い、本来であれば、そこから新たなお題に行くのですが、
もうお腹いっぱいになってしまったので、そこまで。
最後に振り返りをして終わりました。
次にもう一つのお題を話し合い、本来であれば、そこから新たなお題に行くのですが、
もうお腹いっぱいになってしまったので、そこまで。
最後に振り返りをして終わりました。
時間配分がうまくできず、反省点はもろもろありましたが、
対話が踊るように進んだので、とても充実した時間となりました。
第1回からこれだけ対話が盛り上がったということは、
機会があれば話したい、と思っている人がたくさんいるのかもしれません。
そして、第1回からomni-cafeの次なるステージも見えたように思えました。
得ることの多い1日でした。
この日は、Omnibus代表+omni-cafeファシリテーターの私は、想定外に疲労困憊。。。
ファシリテーターというのが、これほど集中力とエネルギーを必要とするとは思いませんでした。
ありがとうございました!
今後とも応援をよろしくお願いします!!!
Omnibus代表 西野
代表、お疲れ様でした。
返信削除このblogを拝見し、自分の心と重なる節が何点か有り、ドキッとしました。
『自分らしく』…………、ここの部分は、私自身が向き合い突き詰めていかないと、この場への参加は難しそうです。
ですが、題目に目をそらさない、先送りにしないきっかけを与えて頂きました。
ありがとうございます。
がんちゃん
削除コメントありがとう!
そうか、そんな風に感じたんだねぇ。ちょっと敷居が高い感じがするのかな。
私としては、本当は、がんちゃんのように、ちょっと『自分らしく』ってところがひっかかるような人にぜひきてほしいんです。そこで、一緒に『自分らしさ』ってなんなんだろう?って考えられたらいいなって。そして、こんなことしている自分も、実は『自分らしさ』って何なのか、本当はあんまりわかってなかったりしてるのです。
もうひとつのテーマの「自分らしく生きるために自分ができること」で出て来た意見の多くは、「自分が好きなこと、楽しいと思うことをすること、それをみつけること」でした。だから、がんちゃんは、ずーっと自分の好きなサッカーをし続けているってところは、すごいな、と思っていて、それは自分らしさのひとつなんじゃないかなって思います。
平塚市民プレスの栗田です。
返信削除レポートの内容から、とても有意義なイベントだったことが伝わってきました!
個人的にもとても興味あるテーマで、次回は予定が空いてればぜひ参加させてもらいたいです。
関連することで、「おそいひと」という映画をご存知ですか?
この映画は、脳性マヒの本物の障碍者を起用して殺人鬼を演じさせるという、かなりのタブーに切り込んだ映画なのですが、とても考えさせられました。
一連の問題を解決させるには、こういったタブーにも切り込む勇気が必要なのかなとも思ってます。
もしよければ、以前ブログに書いた関連記事を読んでみてください。
おそいひと
http://bokudeki.org/essay/mainessay/173
栗田さん
削除市民プレスでは大変お世話になっております!とっても感謝しています。この仕組みを作ったこと自体、本当におもしろいなぁ〜と思ってみていました。しかも平塚でこんな取り組みしているって、本当にうれしく思いました。
「おそいひと」は知りませんでした。
障がいのある人=弱者=守るべき人=何もできない人、という偏見とともに、
障がいのある人=ピュア、一生懸命、努力、善人、という偏見もありますよね。偏見っていうか、むしろそうでなければならないというか。そこから外れると叩かれる。
でも、同じ人間なんだから、むしろそういう人がいるのが自然。障がいのある人だっていろんな人がいるんだってことですよね。オトタケさんも、そこを打破したいと考えている人ですね。
見たことがなかったので、ぜひ見てみようと思います。ご紹介ありがとうございます。
それから、
削除次回のテーマはまだ決まっていないんですが、ぜひご参加ください!!!お待ちしています!